☆ The First Angel ☆ 2.




「私、見習い天使になったの。」

笑顔でそう言うセーラを、あたしはただ見つめるしかなかった。
よく見ると、セーラは純白のノースリーブにスカートを着て、金のベルトをしている。
首もととノースリーブの先に羽のような飾りが付いていて、セーラが動くたびにそれが揺れる。
スカートはほのかにピンク色で、バルーン型に広がっている。
胸元には、銀の小さな2つの十字架がついたネックレスが光っていた。
そして背中にはやや小さいながらも純白の翼が生えており、周りにはピンク色のオーラがセーラを包んでいる。
そのオーラの色は彼女のブロンドのストレートヘアと相性がいいらしく、セーラを引き立てている。

「み、見習い天使……?」
「そっ。天使になった姿をサラに見せたくて、戻ってきちゃった。」
「きちゃった、ってそんな簡単な…。っていうか今になってなんで?」
てへっと可愛らしく笑うセーラを横目に、あたしは呆然としながら言う。
「だあってなかなか降りられなかったんだもんっ。特例も認めてくれなかったし、ほんとやんなっちゃう。」
「ああ、それで……。って違う!」
一人で盛り上がるセーラに一瞬のせられそうになったあたしだったが、すぐに正気を取り戻す。
あたしは心の中で何度も夢だと思いながら頬をぺしぺしと叩いた。
「これは夢、夢なんだってばっ。あたしは今立って寝てるのよ。起きろーあたしー。」
そんなあたしの姿にセーラは頬を膨らませると、大きく息を吸い込み、そして勢いよく叫んだ。
「もうっ、これは夢じゃないのっ、サラのバカ!私と会うのがそんなに嫌ならもういいわよっ。私帰る!」
そう言ってセーラは、開いている窓から外へ飛び出した。
「えっ!?ちょ、ちょっと待って!」
あたしはとっさに引き留めたが、そこにはもうセーラの姿はなかった。
賑やかだった空気が再び静まり、あたしだけが一人たたずむ。
今のは何だったのだろう。もしかして、本当に夢を見ていたんだろうか。夕日が窓に反射しただけかもしれない――。
あたしはそんなことを考えながら、床に転がっている果物を拾ってカウンタの上のバスケットに入れた。
その時――。
「なんで捜しに来ないのよっっ!?」
「うひゃあっ!」
突然目の前に、先程のセーラにそっくりな天使が、目をつり上げながら現れたのだ。
あたしは思わず悲鳴をあげる。
「捜しに来るでしょ、普通!あんなに仲良かった双子の妹が帰ってきたんだからっ!」
「だ、だってそんな急に言われたって…。」
「だってもそってもなーい!!顔見ればどうみたってわかるでしょっ?なによ、サラのバカバカ!オタンコナスー!」
「ちょ、セーラっ、痛いって…。……ひょっとして捜して欲しかったの?」
あたしの言葉に、セーラは急に黙り込み、ほんの少しすねたように口をとがらせる。セーラの癖。
本物のセーラだ。
あたしは嬉しくて嬉しくて、でもそれを知られるのが恥ずかしくて、ついセーラをからかってしまった。
「あんたってば、そのぶりっこで天の邪鬼な性格、全然変わってないんだから。」
「ケンカ売ってるの?サラだって似たようなものじゃない。」
「あたしは別にぶりっこなんかしてない。ただ素直じゃないだけですっ。」
「あー、認めたぁ。それ自分で言ってて恥ずかしくない?」
「っ……。あーんーたーね〜。出てきて早々人の揚げ足とるんじゃないのっ!」
一本取られたお返しに、あたしは得意のプロレス技をセーラに浴びせる。
「きゃあーー!痛い痛いっ!ちょっとやめてよっ、仮にも私天使なのよ!?」
「姉妹にはそんなの関係ないっ。」
じたばたと逃げ回るセーラを、あたしは笑いながら追いかけた。
気付かれないように、そっと涙を拭いながら……。


その日の夜。あたしとセーラは、久し振りにツリーハウスを訪れた。
それは、家のすぐ近くにある。
大都会シカゴといっても、あたしが住んでいるところは郊外で、敷地も広くて自然環境も整っている。
一軒家が多く並び、家族が住むには最適な住宅街だ。
しかし、ここから学校まではそう遠くないし、ショッピングモールもすぐ近くにある。
なかなか便利なところなのだ。
住宅街の奥の方に位置するあたし達の家は、すぐ近くにどっしりとした大きな木が生えている。
そこで、ジェシーがあたし達にと、このツリーハウスを建ててくれたのだ。
学校生活が忙しくなるにつれて遊ばなくなったツリーハウスは、しかしジェシーによってきちんと手入れがされていた。
あの時広く感じたこのハウスは、今となっては窮屈に感じるけれど、やっぱりここに来ると安心する。
ご近所さんに大っぴらに知られているとはいえ、ここはまさに、秘密基地なのだ。

「やだもう。治癒の力を使っても、まだ痕が残ってる〜。」
「あはは、ごめんごめん。」
セーラが腕をさすりながらぶつぶつ言うのを横目に、あたしはクッションを掴みながら笑う。
元々子ども用に作られているだけあって、内装はファンシーグッズでいっぱいだ。
ふわふわクッションに当時流行っていたゲーム、大きなクマのぬいぐるみなど、どれも懐かしい物ばかりだ。
また、あたしは大のいたずら好きだったため、パチンコや水風船セットなんかもあった。
これでよく大人に叱られたっけ…。
「懐かしいわね、ここ。だんだん来なくなってたけど、やっぱり落ち着くわ。」
セーラもあたしと同じ気持ちだったのか、目を細めながら感慨深げに言った。
「そうだね…。パパ達のことで辛くなった時は、よくここに来て気を落ち着かせてたよね。」
あたしもあの時のことを思い出しながら言う。
「そういえばサラってば、よくここからいたずらをしてみんなに怒られてたわね。」
「よく言うよ、あんただって水鉄砲とか喜んでやってたじゃんっ。」
「えー、そうだっけ〜?」
あたしの抗議の声に、目を泳がせてしらばっくれていたセーラだったが、ふいに真面目な顔になる。
「サラがいなくて、とっても寂しかった。だから嬉しいの。サラが私を選んでくれて……。」
そう言うと、セーラは泣きそうな顔で小さく微笑んだ。あたしも涙が込み上げてくる。
「あたしも寂しかった…ってちょっと待って。あたしがセーラを選ぶって、どういうこと?」
ふとセーラの言葉に違和感を覚えたあたしは、言いかけていた言葉をしまい、眉間にしわを寄せた。
「え、えっ!?あー、ほら、あれよっ。比喩よ比喩っ。」
セーラは一瞬ぎくっとしたような表情で、必死にごまかす。あたしは気になったが、そんな事はどうでもいい。
理由はどうであれ、セーラが帰ってきたのだ。
ずっと会いたかった人に会えた喜びを、今は素直に表そう。

その日、あたしとセーラはツリーハウスで夜通し語り合い、あたしは明け方になってようやく眠りについた――。






初期設定と大分違うセーラでした(苦笑)
ツンデレ……ではありません。決して。